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ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945/東京国立近代美術館

東京国立近代美術館で開催中のぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945
へ行ってきました。


120108h.jpg


公式HPは→こちらから

この展覧会、東京国立近代美術館の所蔵作品を中心に、日本の洋画の歴史で超えなければいけなかった壁=ヌードをどう描くかに焦点をあてた展覧会。
明治期の洋画黎明期という狭い時代範囲での作家の葛藤をしっかりと浮き彫りにした展覧会だったなと感じました。

美術大学卒の自分ももちろんヌードデッサンや彫塑の経験があります。例えデザイン科でも。
そもそも担当学芸員の蔵屋さんは女子美の油絵科を出てから研究の道に入った方。当然たくさんのヌードを描いてきた経験があるのです。
その経験を生かし、作家がどんな思いでヌードという日本ではなかなか難しいテーマと向き合ってきたのかを描き手の視点も踏まえながら「ヌードを描くこととは」に言及した展覧会です。


で、今回前置きが随分長くなりますが、ヌードは描く時とても緊張します。
自分は一対一で向き合ったことがありませんが、とにかく真っ裸の人をじーっと一日中もしくは数日間見つめるのです。これだけ非日常なことはないですよ、本当に。 直接触ってないけれど、目で犯しているようなそんな気分になってしまいます。息づかいもよく伝わってくるので、生々しいのですその現場が。でも絵を描く者は絶対避けては通れない道。
終わった時の疲れ方が静物画の数倍。

そんなヌードになぜ向き合うのかがよく分かった展覧会でありました。


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ではまず、気になった作品の感想です。


百武兼行 【臥裸婦】 1881年頃 油彩・キャンバス

百武兼行の本職は官僚だったそうで、3度ヨーロッパに渡った時に、絵画を現地で習ったのだそう。その時の作品です。この作品、当時ヨーロッパではモデルを屋内で描き、背景と合成して場面設定をした構図で描くのが普通だったそうですが、屋内に裸婦が横たわっているだけの構図になっています。
この横たわっているだけのシーンが妙にいやらしい。しかも、体の起伏などを克明に捉えようとしてものすごくぱーんと張った胸になっています。(普通こうはなりません、はい。)で、さらによく見ると、手足の描き方がちょっと緩いといいますか、胸や下半身の力の入れようよりも少々劣ります。そうなってしまうのも分かります。だって男ですもの。興味あるところ描きたいですよね。
と、思えてしまうんです。作者の主観がものすごく込もっている絵だなと感じました。

一方で、



ラグーザ玉 【京都風俗】 1880年 水彩・紙

この作品は随分と不自然なシーンにも見えますが、これは偶然作家が見かけた正真正銘の当時の京都の一風景なのだそう。上半身をあらわにして作業する女性。暑かったのでしょうか。にしても、ちょっと大胆過ぎるよなと思いますが、ラグーザ玉さんが居合わせたときにとっさに胸を隠したそうです。
当時の日本人の独特な羞恥心が伺える作品だと思います。でも、先ほどの【臥裸婦】よりもいやらしく感じないのはどうしてでしょう。作家は女性です。女性の視点で裸の女を描こうとしたのではなく、あくまでも生活の一部分を切り取った風景に過ぎないのです。スナップ写真のようですね。上を脱いで作業している風景=男と女の情事だとはまったく考えもしない。
比較のためなのか【臥裸婦】と【京都風俗】がすぐ隣に展示されていたのがとても印象的でした。




工部美術学校生徒 【トルソー】 1881年 コンテ・紙

懐かしいなと感じてしまいましたが、絵を学ぶ上で石膏デッサンは欠かせない演習の一つです。でもこの作品、石膏像の印刷物を見て模写したものだそう。本物の立体物を描いているのではないんですね。光も分からずよく描けたなと思いましたけど、確かに生ものの立体物を一番最初の授業で描けるかといったら、そんな度胸ないよなと思いました。絵を志すぞとのぞんだ最初の授業が裸婦デッサンだったら、私だったらグレますね。カオスだ!とかなんとか言って。
でも、この印刷物模写とても上手く描けていますけれど、これだけだと訓練にならないんですよね。やはり本物と向き合わないと絵は描けません。



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黒田清輝 【裸体婦人像】 1901年 油彩・キャンバス

この絵、今見るとなんてことないのですが、描かれた当時はセンセーショナルだったそうで。「下半身が描かれてる!」それだけでもう大騒ぎ。白馬会第6回展で絵の下半分を布で覆うという「腰巻き事件」が発生した有名なエピソードもあるそうですね。なぜここまで日本人は下半身に羞恥を感じるのか。はだかというものに主観的にものを考えてしまう人と、客観視してこれは表現だと汲み取れる人の差があまりにも激しかったということだと図録にも書いてありましたが、まさにそうだと思います。当時は隣のお姉さんの裸を見ているように思えてしまう人が多かったのだと思うのです。今でも日本ではある意味裸の表現は厳しいです。特にうちの商売範囲では厳しい。デザインで堂々とヌードをモチーフにした媒体はそうはないです。かつて泥まみれで横たわる女性の写真を載せた広告がジェンダーの視点から訴えられたケースもあるくらい。一方で、ネットでも成人アニメでも何でもある文化もあるにはあるのですが。その主観と客観との違いがすごく不思議だなと思うのです。

ところで、この絵画を観ているとき、隣で観ていたおじさんから「なんで腰に巻いちゃうんだろねぇ。」と話しかけられました。そのおじさん腰巻きにものすごく興味津々だったようです。ちょっとセクハラかいな。とも思えたので、「はぁ」と一言だけ返しておきました。
まるで、ビゴーの風刺画を自で体験してしまったかのような気分。




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黒田清輝 【野辺】 1907年 油彩・キャンバス

私はこの絵率直に好きです。清々しい草原にのびのびと横たわる少女の姿。まるで妖精のようにも感じるななんて思って観ていたのですが、聞いたところ、男性の目だとこの絵はとてもいやらしく感じてしまうのだそうです。そう、あの最中のこと思い起こしてしまうような視点だからだそうで。
女はまず経験しませんからね、裸の女性を上から見下ろすことなんて。それを聞いたとたんに「好きだなぁ」なんて恥ずかしくて言えなくなりましたよ。
腰巻きはちゃんとありますし、それこそ下半身は描かれていない。
なのに、今まで観て来たヌードの絵よりも断然いやらしいのです。隣にはラファエル・コランの【静寂】が描かれているのですが、横たわる女性の姿もたしかに生々しい。でも、まだコランの作品の方がいやらしさ、現実味が少なく感じるのです。おそらくですが、何も付けてない隠していない姿であればあるほど、人は結構客観視してしまうのでしょうね。黒田の【野辺】は隠しているし、あえて立って見えるような縦向きの女性だからこその視線の不自然感といいますか、そういった含みを持たせたように見えるからこそ、いろいろな想像力が働くのでしょうね。

親密派のボナールは奥さんの入浴姿を見下ろしてよく描いていましたが、あの絵は全然いやらしく感じません。むしろ日常の何でもない風景に見えます。
作り過ぎていないシーンがそう思わせるのでしょうし、お風呂入っているとはいえ、その奥さんとある程度の距離感を保って描いているようにも感じるです。だからこそ、私たちはその絵に羞恥心を感じない。




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黒田清輝 【智・感・情】 1899年 油彩・キャンバス

黒田の苦悩をまともに感じる作品ですよね。今までたたかれてきたからこそ、ヌードをもう自然なものではなく神格化して描いています。ここまではっきりとした抽象の女性を描くなんて、当時の風当たりの強さをものすごく感じてしまいます。【野辺】から比べたらそれこそ何も隠していませんよ。でも随分ときれいな裸体で、美しいなと感じます。よく見ると金地の線でもフォルムをなぞっており、その光るような演出が余計神秘的な印象を持っている作品だなと感じました。理想化した女性像。まさにこの作品はネイキッドではありませんね。
これは警察から文句出なかったそうです。




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萬鉄五郎 【裸体美人】 1912年 油彩・キャンバス

もうあの脇毛がまぶしくてまぶしくて仕方がないので、今まで脇毛のことしか印象に残らなかったのですが、今回の展示はこの作品を描くまでのスケッチなどを観ると、構図にものすごく苦心したのだなということが分かり面白かったです。最初わりと横向きに寝ている奥さん、でも段々と縦方向に向いてくるんですよね。まるで黒田清輝の【野辺】のよう。でも黒田の作品よりも健康的で、人間らしい感じがしますよね。
脇毛は腰巻きで隠した奥の部分を想像させるためとも言われているそうで、生身の人間の生命観を感じさせます。確かにまぶしいもの、脇毛。





中村彝 【少女裸像】 1914年 油彩・キャンバス

この少女は、当時の15歳の恋人俊子。その近しい恋人のヌードを描いた作品。
この作品を観ると、他の作品よりも恥ずかしさがこみ上げてきますね。奥さんの脇毛を描いた【裸体美人】よりもこちらが観て恥ずかしくなる。何故か。親密過ぎる間柄で、しかも屋内のシーンだということもさることながらですが、表情がとても幼いんですよね。そんな彼女のあらわな姿はやっぱりちょっとどきどきさせてしまいます。
どれだけ作者と密な関係かによってもヌードの解釈は違うというのも、この絵から実感できました。

でも、ボナールの浴室の奥さんはそこまで恥ずかしく感じないのは、技法もあるのでしょうかね。(しつこい)




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村山槐多 【尿する裸僧】 1915年 油彩・キャンバス

今回は岡崎市美術館で村山槐多展が開催されているため、パネル展示だけでしたが、この作品のインパクトたるや。他のどの作品よりも猛々しい生命力を持っていますよね。ちょっと非現実的なテーマ過ぎて、この若さのエネルギーをどう絵画にぶつけようかという思いがとても映っているように思えます。 自然を背景にすごい勢いでたらいの中に放尿する姿は自画像とも言われているそうですが、いかに自然と戦うか、エネルギーを表すかということを素直に出している作品でしょうね。この作品を観ているとフラストレーションなんて吹っ飛んでしまいそうなそんな気持ちになります。
それにしても、付き合ったばかりのカップルが観てどんな感想言いあっているのかちょっと気になってしまうような作品ではあるなと思ってしまいましたけれど。



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熊谷守一 【夜】 1931年 油彩・板

もうここまでくるといやらしさはまったくないヌードですよね。
今回熊谷がいかに轢死に遭遇してから、そのシーンに執着したかが、スケッチも展示されていたのでよく分かりましたが、この作品は轢死の現場に遭遇してから20年も経ってから描かれたものだそう。闇の中に分断されて横たわる裸婦。そこには理想的なものは何も感じません。人間の儚さ、もろさ、怖さなどを感じます。
他にも熊谷守一の作品は今回たくさん展示されていたのですが、熊谷は裸体をどう描くかに苦心していたというよりも、何かの表現をするのに裸体を用いているという様子で、目の前のそのものを写すよりもまず自分の中で一旦裸体を解釈し、取り込んでからキャンバスに表したとでもいうような印象を受けました。
黒田清輝が受け入れてもらえるまでを苦労した作品を観て来た分、時代はどんどん変わっていったんだなということを実感します。




安井曽太郎 【アトリエ裸婦と家族】 1926年 鉛筆・紙

この作品もシュールなテーマですよね。確実におかしいシーン。観ているこちらにどういう感想を求めているのかどぎまぎしてしまう作品だと思います。家族の向こうに裸婦が横たわっていますが、黒田清輝の目指した理想の裸体像はもう存在しませんよね。この家族を養っているのは自分、そしてその自分はモデルになんとか安い賃金を払っている。その裸婦がいないと自分の生業が成立しない。
確かにそうなのですが、これは解釈が本当に難しいよなぁ。と思ってしまいますよね。
もうヌードとどう向き合うかではないですよね。
ただ、黒田清輝の腰巻き事件からたった25年です。ここまで日本人の感覚が変わったのかと思うとそれも面白いなと思いました。

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その昔、江戸時代の銭湯は男女混浴が普通だったといいます。さらに、吉原もあったり、春画は嫁入り道具に使われたなど性には独特のセオリーがあったと思われる日本ですが、ヌードとなると何故こんなに問題になったのだろうというところがいまだに不思議で仕方がないのです。
だって、数年前まで銭湯一緒に入ってたじゃんか。と思うのです。
私は「西洋の文化の方が高尚だ」扱いはしません。日本独特の価値観と性の捉え方があったというだけで、西洋の美術表現手段のひとつのヌードの方が文明的観点ですごいとは思わないです。
でも、西洋的美意識としてのヌードを日本人がどう解釈するかは大変苦心したんだなということが良く分かりました。
西洋だと、ローマ時代の人間讃歌や理想美の追求としての体がありましたが、日本は元々自然の中に人間がいて、自然の美しさを表現してきたけれど、人間を追求する機会が少なかったのかなと思いました。
絵描きを目指す人は、絶対観ると勉強になる展覧会だなと思いました。


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何故かこの展覧会、50代以上の男性の方一人で来ている率がとても高かったです。
トーハクだと夫婦で来るだろう人もこのテーマだと一人でいらっしゃるのでしょうか。
むしろカップルは少なかったかと思います。
女性一人はちらほら来てましたよ。


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東京国立近代美術館 企画展ギャラリー
ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945

会期:2011年11月15日(火)~2012年1月15日(日)
休館日:月曜日(2012年1月2日、9日は開館)
開館時間:10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)
*入館は閉館30分前まで
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